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沖縄では琉球王朝時代に中国から琉球へ渡った人々の末裔を「久米三十六姓の末裔」と呼ぶことがあります。琉球王国の歴史の中でたびたび登場する久米三十六姓。彼らはどのような目的で琉球に渡ってきたのでしょうか?

久米三十六姓は中国皇帝の命を受けて琉球に渡ったプロ集団だった

久米三十六姓は、琉球王朝時代に中国の皇帝の命を受けて琉球に渡ってきた職能集団です。琉球に渡ってきた当初は、彼らが中国の「閩(びん)」の出身者だったということから「閩人三十六姓」と呼ばれていました。ところが彼らの出身地を詳しく調べてみると、閩だけでなく福建省の出身者も含まれているかもしれないことが分かります。そのため彼らが琉球に渡ってから定住した地名をとって「久米三十六姓」と呼ぶようになりました。

ちなみに「三十六姓」というのは、琉球に渡ってきた人数が36名であったという意味ではありません。そもそも当時の中国では、「三十六」という言葉には「大勢の(たくさんの)」という意味がありました。つまり久米三十六姓というのは「久米に定住した中国からのたくさんの職人たち」という意味なのです。

久米三十六姓には13の門中がある

沖縄には血縁関係のある共同体である「門中」という制度があります。もともとは系図と呼ばれる家系図のようなものを持っている士族の間での作られた共同体だったのですが、のちに系図を持たない商人や農民たちの間にも広がりました。

中国から渡ってきた久米三十六姓にも、もちろん門中があります。久米三十六姓の門中は、「蔡氏」「程氏」「鄭氏」「林氏」「金氏」「毛氏」「紅氏」「楊氏」「魏氏」「陳氏」「梁氏」「阮氏」「王氏」の13あります。

久米三十六姓の末裔には多くの政治家がいる

中国皇帝の命を受けて琉球に渡ってきたプロ集団「久米三十六姓」ですが、彼らの末裔には沖縄を代表する政治家たちもたくさんいます。

仲井真弘多(元沖縄県知事)

仲井真氏は、蔡氏の末裔です。自らのルーツが中国にあることを公表している数少ない沖縄県知事であり、中国に対しても非常に親近感を持っていることを公言しています。出身は大阪府となっていますが、幼少期に戦争を体験し現在の大分県佐伯市へ家族で疎開しています。後に両親の出身地である沖縄県に戻り那覇高校卒業後に東京大学工学部へ進学し、当時の通産業省へ入省します。1987年には地元大手企業である沖縄電力の理事を務め、1995年に代表取締役社長に就任、2003年には代表取締役会長となり、2006年に沖縄県知事に初当選します。

仲井真氏は、県知事時代に米軍普天間飛行場移設のために名護市辺野古の埋め立てを承認したことで注目を集めましたが、県知事当選後のコメントの中で普天間移設に関して強硬な態度を続ける政府に対し強く批判をする声を上げていたことも、地元ではよく知られています。

稲嶺恵一(元沖縄県知事)

沖縄本島北部に位置する本部町の出身ですが、稲嶺氏も久米三十六姓の末裔といわれています。父親は沖縄を代表する実業家で元参議院議員でもある稲嶺一郎氏です。父親の稲嶺一郎氏は、現在のりゅうせき(旧・琉球石油)の創業者であり、稲嶺恵一氏は現在の中国遼寧省(関東州大連)で生まれたとされています。

県知事になる前の稲嶺氏は、父親が創業した琉球石油に努めており、取締役を経て1986年には社長、平成5年には会長を務めています。りゅうせき会長時代には、現在の日本トランスオーシャン航空(旧・南西航空)の会長も兼任しています。

その後も沖縄県経済同友会特別幹事や沖縄県経営者協会会長などを歴任し、1998年に当時現職だった大田昌秀元県知事を破り、沖縄県知事に初当選します。

稲嶺氏の県知事時代の功績には、九州・沖縄サミットの誘致や沖縄の守礼門がデザインされた二千円札の発行のほかにも、電車が通っていない沖縄県で「車に代わる県民の足」として大いに期待された沖縄都市モノレール線の開通などがあります。

翁長雄志(沖縄県知事)

翁長氏も久米三十六姓の末裔です。そのことが関係しているとは言い切れませんが、翁長氏は2005年に福建省福州市から名誉市民として表彰されています。当時翁長氏は那覇市長を務めており、名誉市民として表彰した福州市は那覇市の姉妹都市でもあります。

翁長氏は地元では政治家一族の出身であることは有名な話で、父親は元真和志村長(現在の那覇市大道周辺)である翁長助静氏、兄は元沖縄県副知事を務めた翁長助裕氏です。

沖縄県立那覇高等学校を卒業後、法政大学法学部法律学科に入学するために上京します。卒業後は地元に戻り、1985年に那覇市議会議員に初当選します。2000年からは那覇市長を4期務め、2014年に仲井間元知事の任期満了をもって第7代沖縄県知事に就任しました。

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