かつて沖縄は琉球と呼ばれた独立国でした。その琉球王国最後の国王が尚泰王。琉球のラストエンペラーが最後の決断を下したこととは?そしてその決断の結末に尚泰王を待ち構えていた出来事とは?

琉球のラストエンペラー・尚泰王とは?

首里城

琉球最後の国王となったのは、第二尚氏王統第19代国王・尚泰王(しょうたいおう)です。

尚泰王が生まれた1843年は、日本は幕末に向けた激しい歴史の渦に巻き込まれようとしていた頃でした。

この頃の琉球は開国を求める外国からの船が次々と来航し、400年以上続く琉球国において最大の危機を迎えていました。

そんな時代に生まれた尚泰王は、わずか4歳で琉球の国王として即位します。

幼い尚泰王を支えたのは?

琉装

幼くして琉球の国王となった尚泰王ですが、彼を支えた側近たちの中には世界情勢などを見据えた優れた役人たちも多くいました。

すでに琉球が独立した国として存続すること自体が難しくなっていた時代でしたから、「どのような判断をすれば国民のためになるのか」について真剣に議論をする政治家たちもたくさんいました。

ところがそれよりも多くの政治家が、自分たちの利益を守るためにこれまでのような体制を維持することを求める声をあげました。

とはいえ尚泰王の周りを側近として支えていたのは、厳しい状況においても様々な角度から国民の将来のために何が出来るかを真剣に考える人々でした。

こうした彼らの存在は、尚泰王の政治判断にも大きな影響を及ぼします。

なかでも尚泰王の側近中の側近といわれているのが、津波古政正(つはこ・せいせい)と宜湾朝保(ぎわん・ちょうほ)です。

津波古政正は、1816年生まれの政治家です。

北京に留学した経験を持つ津波古は、のちに尚泰王の教授役を任されました。広い見地をもとに冷静かつバランス感覚に優れた判断が出来る人物で、尚泰王との信頼関係も十分にあったといわれています。

ただ残念ながら津波古は、尚泰王が国王としての最後の決断を下す前にこの世を去っているため、最も重要な局面で尚泰王を支えることはかないませんでした。

一方の宜湾朝保も、琉球王国を代表する有名な政治家でした。

宜湾はその政治的手腕が認められ、琉球における政治の最高職である「三司官」に若くして就任します。

時代はすでに明治維新が起こった後でしたので、新政府によって琉球を日本の藩とする決定が下された時も宜湾は三司官を務めていました。

この詔勅に対して宜湾は、琉球国民の行く末を見据え「抵抗」ではなく「受諾」を選択します。これがのちの琉球処分の第一歩となるのですが、それに対して同じ氏族の間からは激しい非難を受けることになります。

こうした問題に対する心労がたたったのか、病を患い三司官を辞任。その後宜湾もこの世を去ってしまいます。

琉球国民のために尚泰王を支えてきた有能な役人たちはこうしてこの世を去り、尚泰王はさらに過酷な状況に立たされることになります。

尚泰王が下した「国王最後の判断」とは?

守礼門

琉球最後の国王である尚泰王が下した「最後の判断」は、首里城の明け渡しでした。

首里城は400年以上にわたって続いた琉球王国の象徴であり、王の居城でもありました。つまり首里城を国王が明け渡すということは、琉球の歴史に幕を下ろすということです。

もちろん尚泰王の判断に対して、反対する勢力が琉球内部にあったことは確かです。そして激しい反発を尚泰王が受けたことも事実です。

でもこの判断によって犠牲となった人は一人もいません。

明け渡しのために立ち会った日本側も、明け渡しに応じた琉球側も犠牲となった人はいません。

つまり「最も平和的な決断」であり「国家の国益を守る最大の決断」でもありました。

こうして琉球は「沖縄県」となり、尚泰王は長きにわたって守り継いできた首里城を去ったのでした。

尚泰王は東京に…

居城であった首里城を去った尚泰王は、一度は県内にある別の王家の屋敷に住まいを移します。

ところがすぐに明治政府から東京に移住することを命じられ、家族とともに東京に移り住みます。

その後、華族を経て侯爵となった尚泰王ですが、生前中は一度も生まれ故郷である沖縄の地に戻ることはありませんでした。

1901年に59歳の若さで亡くなりましたが、再び沖縄に戻ることが出来たのは葬儀のためでした。

現在、尚泰王は歴代の琉球国王が眠る陵墓「玉陵」に安置されています。

玉陵(たまうどぅん)

  • 住所:沖縄県那覇市金城町1-3
  • 見学:9:00~18:00(年中無休)
  • 電話:098-885-2861
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